公廨田

(くがいでん)
「くげでん」とも読む。公廨とは官衙{かんが}を意味する。したがって公廨田は本来その田からの収入をもって官衙の用にあてる田を意味するが、わが律令{りつりょう}制では一部官人の俸禄{ほうろく}にあてる田として規定された。(1)律令制下の広義の職田{しきでん}(職分田)の一種で、大宰府{だざいふ}や国司など在外諸司の官人に支給された田。大宝令での名称。養老{ようろう}令では、この在外諸司公廨田、大納言{だいなごん}以上職田、郡司{ぐんじ}職田の名称をすべて職分田と統一したが、養老令施行後も職分田の名称は用いられたことはない。不輸租田。大宰帥{そち}の10町を最高とし、諸国史生{ししよう}の六段を最低とする。その後、按察使{あぜち}その他の在外諸司にも支給。(2)奈良時代後半になると、雅楽{うた}寮などいくつかの官司には勧学や尚武のためその財源として官司付属の田を設定したが、これも本来の字義に従って公廨田とよばれた。平安時代に入ると、律令財政の逼迫{ひつぱく}のため、このタイプの公廨田からの収入は、官人の人件費や一般的支出にあてられるようになった。 <虎尾俊哉>

我们使用 Cookies 和其他技术来定制您的体验包括您的登录状态等。通过阅读我们的 隐私政策 了解更多相关信息。 单击 接受 或继续使用网站,即表示您同意使用 Cookies 和您的相关数据。