仮名垣魯文

(かながきろぶん)
(1829―94)戯作{げさく}者、新聞記者。文政{ぶんせい}12年1月6日、江戸京橋に生まれる。本名野崎文蔵。別号鈍亭、猫々道人{みようみようどうじん}。花笠文京{はながさぶんきよう}の門に入り、安政{あんせい}大地震のルポルタージュ『安政見聞誌』(1855)、『滑稽富士詣{こつけいふじもうで}』(1860)などの作品により、戯作者として認められた。明治維新後は、十返舎一九{じつぺんしやいつく}の『東海道中膝栗毛{とうかいどうちゆうひざくりげ}』を模した『西洋道中膝栗毛』(1870~76)を発表、弥次喜多{やじきた}の孫が世界の田舎{いなか}者として港々で失敗を演ずる滑稽譚{こつけいたん}の趣向が評判をよんだ。牛鍋{ぎゆうなべ}を楽しむ庶民の生態をスケッチして、開化の風俗を活写した『安愚楽鍋{あぐらなべ}』(1871~72)とともに魯文の代表作である。1872年(明治5)「三条の教憲」公布後はしばらく執筆を控えていたが、やがて『仮名読新聞』『いろは新聞』などを創刊・主宰、新聞記者として活躍した。新聞の続き物を草双紙{くさぞうし}化した『高橋阿伝夜刃譚{たかはしおでんやしやものがたり}』(1879)は、明治戯作の復活を促した意欲作である。明治27年11月8日没。安愚楽鍋 <前田 愛>

【本】『明治文学全集1・2 明治開化期文学集(1)(2)』(1966、67・筑摩書房)

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