以西底引網漁業

(いせいそこびきあみぎょぎょう)
北緯25度以北、東経128度30分(北緯33度9分15秒以北では東経128度。1950年代初期までは東経130度)以西の黄海・東シナ海、および北緯10度以北、東経121度以西の南シナ海を操業区域とし、総トン数15トン以上の動力船により行う底引網漁業をいう。この漁業にはトロール漁業と機船底引網漁業とがあり、現在1年間に約20万トン程度を漁獲しているが、トロールによる漁獲は1969年(昭和44)以来1%にも満たず、ほとんどが機船底引網によっている。漁獲対象魚は、イカ類、グチ・ニベ類(シログチ、クログチ、キグチ、ニベ)、カレイ類、ハモ、タチウオ、エソ類、エイ類、タイ類(キダイ、マダイ)、エビ類、ホウボウ類、そのほかの底魚など多種類にわたっている。
この漁業が黄海や東シナ海で開始されたのは1910年代(明治末期)からであるが、現在に至るまで種々の変遷を経てきた。操業開始当初は、イギリスから導入されてまもないオッターボード(拡網板)を使用して、一隻で曳網{えいもう}するトロール漁船が主体であった。しかし、大企業がほとんどを独占していたため、一般漁業者は日本古来の手繰網{たぐりあみ}を改良して二隻で曳網する機船底引網により進出し、技術的にも進歩してトロールをしのぐに至った。両漁法とも機動力のある漁獲効率の高い漁法であるため、ほかの沿岸漁業者との紛争なども生じたが、しだいに発展し、1940年(昭和15)にはトロール船58隻と底引網船678隻で、漁獲量は約20万トンにも達した。第二次世界大戦により一時壊滅状態となったが、戦後3、4年で戦前の水準まで急激に回復し、中国や韓国との国際的な規制を受けながらも、漁獲量は着実に増加し続け、1961年には37万トンを記録した。しかし、順調であったこの漁業も、60年代に入って、資源の減少、魚体の小形化が目だち、61年を境に漁獲量は下降し始めた。
その後、トロール船は新しく開拓された北洋や南方の遠洋漁場にほとんど転出し、底引網船も自主減船するほか、網目制限や禁漁区を設定するなど資源維持に努めたが、漁獲量は減少し続け、1972年には22万トンにまで落ちた。それ以後は急激な減少はみられないが、70年代後半には沿岸諸国の領海拡大や、200海里経済水域設定問題がおこる一方、国内的には人件費や燃油が高騰し、経営の悪化はますます深刻なものとなった。80年代に入り、さらに大幅な減船をするなど、種々の対応策が講じられているが、この漁業はきわめて厳しい情勢にある。 <余座和征>

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