代言人
(だいげんにん)
江戸時代において、庶民の民事訴訟に介入して礼金をとる公事{くじ}師があり、弊害があったので幕府はこれを禁止した。1872年(明治5)8月にフランス法の影響の下に制定された司法職務定制は民事の代言人について規定した。代言人は形式的には弁護士の前身といえるが、当時の代言人は公事師の名残{なごり}を多分に有し、士族が代言人になるのは不名誉だと考えられた。しかし法律研究会を設けて正しい代言人の養成に努力した者もいる。1876年に代言人規則が制定されて、この規則によって免許を得た者以外は代言が許されなかった。代言人の社会的地位を向上させたのは、78年に司法省付属代言人になった星亨{とおる}である。82年施行の治罪法で刑事弁護人が正式に認められた。1893年弁護士法の制定とともに、代言人の制は廃止された。 <石井良助>
