仏国寺

(ぶっこくじ)
大韓民国、慶尚北道慶州市吐含山{とがんさん}にある寺。華厳{けごん}仏国寺、華厳法流寺ともいう。新羅{しんら}法興王が528年に王夫人法流尼のために勅建されたものである。のち574年真興{しんこう}王のとき重興され、毘盧遮那{びるしやな}仏・阿弥陀{あみだ}仏の二像を鋳造奉安した。また670年講堂無説殿が建立され、華厳が講ぜられた。751年、宰相金大城は両親のために堂宇を建て、先祖のために石仏寺(石窟庵{せつくつあん})をつくり、神琳表訓{しんりんひようくん}を請{しよう}じて住持させた。774年12月大城の没後、朝廷はその事業を継承し、東都第一の名刹{めいさつ}となった。たび重なる再興、重修を経て栄えたが、1592年日本軍の兵火にかかり(文禄{ぶんろく}の役、壬辰倭乱{じんしんわらん})、大雄殿、極楽{ごくらく}殿、紫霞{しか}門ほかことごとく焼失。1659年に再興されたが、ふたたび祝融{しゆくゆう}の災にかかる。現存の大雄殿は1767年6月、道泰{どうたい}・贊弘{さんこう}らによる重建である。伽藍{がらん}配置はわが国の奈良時代前期の規模と類似したものであった。極楽殿に安置されている銅造阿弥陀像は初唐の気風をもち、新羅統一時代の代表的傑作といわれる。 <里道徳雄>

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