三論宗

(さんろんしゅう)
中国仏教の一宗派(学派)で、日本にも伝わり南都六宗の一つに数えられる。『般若経{はんにやきよう}』の空{くう}を論じた『中論』『百論』『十二門論』の三論に基づくのでこの名がある。無得正観{むとくしようかん}(空にも有にもとらわれない八不中道{はつぷちゆうどう}を観ずること)、破邪顕正{はじやけんしよう}(誤った見解、とらわれを打ち破り、正しい道理を顕{あらわ}すこと)を説く。『中論』『十二門論』はインドの龍樹{りゆうじゆ}、『百論』はその弟子提婆{だいば}の著作。いずれも401年に長安にきた鳩摩羅什{くまらじゆう}により漢訳され、門下に研究された。梁{りよう}代に僧朗がこれを江南に伝え、僧詮{そうせん}―法朗{ほうろう}―吉蔵{きちぞう}と受け継がれた。吉蔵は嘉祥大師{かじようだいし}と称せられ、三論の注釈書『中論疏{しよ}』『百論疏』『十二門論疏』および『三論玄義』などを著して三論の教学を大成した。
吉蔵に師事した高麗{こうらい}僧の慧灌{えかん}は625年(推古天皇33)に来朝し、元興{がんごう}寺に住して三論の教学を伝え、福亮{ふくりよう}、智蔵{ちぞう}らがこれを広めた。その後、大安{だいあん}寺派と元興寺派に分派した。平安朝以後は新興仏教に押され、学問研究は続いたが宗派としては衰微した。 <丸山孝雄>

【本】平井俊榮著『中国般若思想史研究――吉蔵と三論学派』(1976・春秋社)

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