惟宗允亮

(これむねのまさすけ)
生没年不詳。平安中期の官人で明法家{みようぼうか}。「すけあき」とも読まれ、公方{きんかた}の孫。直本{なおもと}の曽孫{そうそん}。984年(永観2)ころ明法博士{はかせ}となり、以後、勘解由使次官{かげゆしのすけ}、左衛門権佐{さえもんのごんのすけ}、検非違使{けびいし}佐などを歴任。998年(長徳4)令宗{よしむね}姓を賜り、1006年(寛弘3)従{じゅ}四位下に進んだ。この間、宇佐神人{うさじにん}との争いをめぐる大宰大弐{だざいのだいに}藤原佐理{すけまさ}の停任や、藤原伊周{これちか}・隆家兄弟の謀反糾弾に活躍した。その識見は当代第一の大学者とたたえられている。著書『政事要略』(『国史大系』所収)、『類聚{るいじゅう}判集』『類聚律令{りつりょう}刑官問答私記』や日記『宗阿記』などは当時の法律家に重用された。 <谷口 昭>

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