北尾重政

(きたおしげまさ)
(1739―1820)江戸後期の浮世絵師。北畠{きたばたけ}氏。名は兼儔{かねとも}、字{あざな}は非羸{ひえい}、通称久五郎、花藍{からん}、紅翠斎{こうすいさい}などと号した。江戸小伝馬町一丁目の書肆{しよし}須原屋三郎兵衛の長男として生まれる。独学自習のうちに画才を伸ばし家業を弟に譲って浮世絵師となる。宝暦{ほうれき}(1751~64)の末ごろから作画して紅摺絵{べにずりえ}の役者絵を残し、明和{めいわ}年間(1764~72)の錦絵{にしきえ}草創期には、鈴木春信{はるのぶ}に次ぐ有力画家の1人として活躍した。安永{あんえい}・天明{てんめい}期(1772~89)に全盛期を迎え、遊里を中心とする世態風俗の活写にとりわけ秀でた。錦絵に『東西南北之美人』『品川君姿八景』など優れた揃物{そろいもの}があるが、数量的には絵本、挿絵本の類のほうが圧倒的に多い。絵本としては勝川春章{しゅんしょう}との合作『青楼美人合姿鏡{せいろうびじんあわせすがたかがみ}』(1776刊)が名高く、黄表紙には100点以上も作画している。門人に北尾政美{まさよし}(鍬形?斎{くわがたけいさい})、北尾政演{まさのぶ}(山東京伝)、窪俊満{くぼしゅんまん}らがおり、北尾派の祖として一派を形成した。 <小林 忠>

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