化学結合

(かがくけつごう)
chemical bond
分子種内での原子あるいはイオンの結び付きをいう。いくつかの原子あるいはイオンが引き合って集まり、分子、多原子イオンあるいはイオンの集合体などの分子種をつくるとき、それらの原子あるいはイオンは、化学結合によって結び付いているという。たとえば、水の分子H[▼2]Oは水素原子二つと酸素原子一つとの集合体、ヘキサシアノ鉄(?)酸イオン[Fe(CN)[▼6]][▲4-]は、鉄・炭素・窒素の原子あるいはイオンの集合した多原子イオン、塩化ナトリウムNaClの結晶は、Na[▲+]とCl[▲-]のイオンが交互に三次元的に連なってできた集合体で、これらの原子あるいはイオンの結び付いている機構が化学結合である。
〔化学結合の基本的認識〕 化学では原子を物質の構成要素と考え、化学変化は、構成要素である原子の組み替えによっておこるものであるから、化学結合は化学のもっとも基本的な問題としている。したがって古くからいろいろに論じられてきたが、20世紀に入ってからの量子力学の発展によって、しだいにその姿が明らかにされている。すなわち、化学結合は原子間の相互作用で、主としてそれぞれの原子に属する電子の相互作用によるという考えである。相互作用の様式は、結合の機構によってイオン結合(静電結合、異極結合ともいう)、共有結合(電子対結合、等極結合ともいう)、配位結合(提供結合ともいう)、金属結合などに分類されることが多い。このほか、分子間化合物の生成のもととなる水素結合や、電荷移動型結合などもある。ただし実際の化合物中にみられる結合は、これらのうちの単一なものではなく、複合したものと考えられるが、その本質としては、イオン結合と共有結合の二つを考えればよい。また結合の多重度によって単結合(一重結合)、二重結合、三重結合などと分類することもあり、結合電子の軌道によって、σ{シグマ}結合、π{パイ}結合、δ{デルタ}結合などに分けることもある。

【化学結合の概念の変遷】

化学結合についての概念は、古い時代にはあまりはっきりしたものではなかった。たとえば、19世紀の初めごろイギリスのドルトンは、彼の原子説に基づき、原子間の結合は簡単な割合でつくられると考え、もっとも普通の化合物、たとえば水とかアンモニア、炭酸ガスなどは、いずれも成分元素の原子が一対一で結合しているとした。ただしこの結合がどのような原因によって生ずるか、またどうして一対一になるかも明らかにしていないが、これがいわゆる共有結合の最初の概念かもしれない。しかしこの考え方からは、当量や原子価の概念は当然生まれてこなかったし、アボガドロの分子、原子の概念によって否定されることになった。
〔電気化学的二元説――化学結合研究の端緒〕 1800年イタリアのボルタが電池を発明したが、電池によって水を電気分解し、酸素と水素とにすることができるのがわかり、さらにイギリスのデービーが07年、固体の水酸化カリウムや水酸化ナトリウムを電気分解して金属カリウムや金属ナトリウムを取り出すことに成功した。デービーはこれを説明するため、すべての無機化合物は、陽電気を帯びた原子と陰電気を帯びた原子とが互いに引き合ってできると考えた。これが現在でいうイオン結合のもっとも古い概念であろう。10年スウェーデンのベルツェリウスはこの考えを拡張し、正と負の二つの原子または原子団が電気的に引き合って化合物をつくると考えた。これをベルツェリウスの電気化学的二元説といっている。この考え方は無機化合物をうまく説明することができたので広く行き渡り、ドイツのウェーラーがシアン酸アンモニウムから尿素を合成することに成功し、無機化合物と有機化合物との間に本質的な差異のないことを明らかにしたので、この二元説によって有機化合物まで説明することが考えられた。しかしフランスのデュマは34年、多くの有機化合物中のHをClに置換できるのに着目し、二元説のとおりに有機化合物の分子が正と負の部分からなるとすれば、電気的にいって正のHと負のClは置換できないとして、その矛盾を指摘した。デュマの弟子ローランの、有機化合物には一定の核があるという説を経て、フランスのジェラールによる、有機化合物の複分解から得られる結論としての型の説によって有機化合物は分類、整理され、ますます二元説の矛盾が明らかになった。
〔原子価説の登場――電気化学的二元説の後退〕 ジェラールは型の説から出発し、すべての化合物は2個の基からなり、H[▼2]あるいはHClの置換体とみなせると考え、さらにはそれらの複合型、混合型までも考え、基本型は水素型、塩化水素型、水型、アンモニア型の四つであるとした。各元素の原子には一定の結合能力があることになる。このことをはっきりと指摘したのはドイツのケクレで、彼は1857年この結合能力のことをBasizit?tまたはAtomigkeitとよび、HおよびClを一原子性、Oを二原子性、Nを三原子性などとよんだ。これに対し、その名称が誤解を招きやすいということから、ケクレの弟子ウイヘルハウスCarl Hermann Wichelhaus(1842―1927)はAtomigkeitのかわりにValenz(原子価)という語を提案し、これが一般的に用いられるようになった。すなわちHおよびClの原子価は一価、Oは二価、Nは三価となる。この原子価の考え方はケクレ以外にもあり、1852年イギリスのフランクランドは、無機化合物の化学式から、元素には一定の結合能力があることを示したし、55年イギリスのオドリングWilliam Odling(1829―1921)も、各元素には一定の置換能力があることを示し、H′、Cl′、O″、S″などの記号を使っている。その意味では原子価の概念の創始者はフランクランドであるともいえる。
ケクレはさらに、メタンの分子式がCH[▼4]であると主張し(そのころ炭素の原子量は6であるとされ、メタンの分子式はC[▼2]H[▼4]と書かれていたが、のちジェラールの型の説から原子量の概念がはっきりとしC=12となった)、ジェラールの四つの基本型のほかに新たにメタン型を追加し、一価原子なら四つ、二価原子なら二つの相手と結合することを明らかにした。
ここで初めて、原子量/当量=原子価という関係が明らかになったが、ケクレはさらに、メタンのHをCH[▼3],C[▼2]H[▼5]などで置換すると各種の誘導体ができることから、炭素原子どうしの結合のあることをみいだし、ついで有機化合物の鎖状構造を考えるに至った。ケクレはこれに図式的な記号を用い、原子価数に応じて円または団子形で表した(しかし、この方法を普段使うのはきわめて繁雑であったのでケクレはさらに改良を加え、この団子形の記号をやめ、原子記号の周りに円を描き、これに原子価の数に相当する線を引いてその結合を表したが、1866年フランクランドはその円も省略して現在用いられている構造式を提案した)。
その後ケクレは1865年、解決のむずかしかったベンゼンの構造式を、有名なケクレ式を用いることで説明し、炭素化合物のすべての構造式を解決した。ベンゼン
ケクレは、原子価は原子の基本的性質で、原子量と同じく一定不変のものであるとし、有機化合物ばかりではなく、無機化合物にも適用できるものと考えた。これに対して、原子価概念の創始者ともいうべきフランクランドは、初めに無機化合物の構造式を考え、原子価の概念に到達し、各元素は、2種またはそれ以上の一定の結合能力をもつことを主張した。たとえば、ケクレは、窒素やリンは三価のみであると信じ、NH[▼4]ClやPCl[▼5]は、NH[▼3]とHCl、PCl[▼3]とCl[▼2]との分子化合物であると考えたが、フランクランドはNやPでは原子価三と五があるのだと考えていた。これらの考え方は、いずれにしても構造的には単純な有機化合物の結合を整理するのに便利であったため大いに用いられ、有機化学発展の原因の一つとなったが、その成果の大きいことに眩惑{げんわく}され、各種の構造形式のある無機化合物にまで適用したことから、かえって無機化学の発展を誤らしめたといえる。この解決は、その後かなり時間がたってからドイツのウェルナーによってなされるのである。
〔原子価説の発展――四面体原子価説と、配位理論による補強〕 ケクレの炭素の四価の考えをさらに確実にしたのは、1874年、独立に発表されたオランダのファント・ホッフとフランスのル・ベルの四面体原子価説であって、その後の有機立体化学を開くことになる。
彼らは、そのころまでに知られていた酒石酸や乳酸などの光学活性を説明するため、不斉炭素の概念を取り入れ、四面体原子価を証明した。この四面体炭素はそれ以外にも有機化合物の異性体の生成をも説明することになり、ここに古典的原子価説は完成された。しかし、これを無機化合物に適用すると、現在、分子性の化合物といわれるものについては、フランクランドの原子価説では満足すべき説明は得られなかった。この解決は、当時きわめて特殊な化合物とみられていたいわゆる錯塩の構造研究によって解決された。そのころ知られていたコバルト錯塩は、すべて各種の美しい色をもっており、ルテオ塩CoCl[▼3]・6NH[▼3](黄色)、プルプレオ塩CoCl[▼3]・5NH[▼3](赤紫色)、プラセオ塩(緑色)およびビオレオ塩(紫色)CoCl[▼3]・4NH[▼3]などとよばれていた。これらの化合物のうち、多数のNH[▼3]がどのような位置を占めるのかきわめてむずかしい問題であり、有機化合物の-CH[▼2]-CH[▼2]-CH[▼2]-…などのような鎖状構造と同じようで、五価窒素の-NH[▼3]-NH[▼3]-NH[▼3]-…の鎖状構造が考えられていたが、異性体を説明することができなかった。これを巧みに説明する画期的な考え方を提出したのがウェルナーで、1893年、配位理論によってこの問題を解決した。彼は、原子価には主原子価と側原子価があり、CoとClの間は主原子価、分子で結合の飽和しているNH[▼3]やH[▼2]OとCoとの間は側原子価で結ばれると考え、正八面体の中心にCo原子があり、六つの頂点にはNH[▼3]あるいはClなどがあるとした。八面体型6配位のほかに四面体型4配位構造、正方形型4配位構造の場合も考え、無機化合物の結合についての説明に成功した。これによって無機化合物の異性現象を説明することが可能になり、無機化合物にも光学異性体の存在することを証明した。
以上のフランクランドおよびケクレの原子価による結合、ウェルナーの主原子価および側原子価による結合の概念は、彼らの科学的直観から出たもので、それらの原因となる電子は、そのころまだ発見されていなかったのである。
〔電子の発見と二元説の再構築〕 ベルツェリウスの二元説は、原子価説に押されて影が薄くなったが、1887年スウェーデンのアレニウスの電離説の発表以来ふたたび勢いを増し、イギリスのJ・J・トムソンが97年電子を発見し、それに基づいて1904年原子模型を組み立てたのに伴い、原子構造を理論的背景として、化学結合理論の第一線に再登場してくる。
19世紀の末イギリスのラムゼーにより希ガス元素が発見され、これが原子構造を考えるうえでの基礎となったが、トムソンは最初の原子模型を考え、これと希ガス元素の不活性とを結び付け、原子間の静電的結合についての説明をした。彼は、原子はもっとも安定な電子配列をとろうとし、希ガス元素は電子配列が安定なので化学的に不活性であるが、他の元素の原子はいくつかの電子を得るか、あるいは失って希ガス構造をとり、そのため陽イオンあるいは陰イオンを生成して、それらの間に結合を生ずると考えた。たとえば、NaおよびMgは、電子をそれぞれ1個および2個失ってネオン型の配列となり、OおよびFは電子をそれぞれ2個および1個得てネオン型となり、それぞれNa[▲+],Mg[▲2+],O[▲2-],F[▲-]などとなって、一価および二価陽イオン、二価および一価陰イオンとなり、NaF,MgOのようになる。これまで、単に陽性元素とか陰性元素とかいわれてきたものが、なぜ陽性や陰性になるのかが電子によって初めて説明されたわけである。
周期表では各周期の初めのほうの元素は電子を失って陽イオンとなりやすく、陽性元素であり、各周期の終わりのほうの元素は電子を得て陰イオンとなりやすく陰性元素である。1904年ドイツのアベックは、この考えから周期律と原子価との関係を取り扱い、陽性元素が陽イオン、陰性元素が陰イオンとなって結合するときの原子価を常原子価といい、その逆の場合を逆原子価と名づけると、それらの最高絶対値の和はつねに8になることを示した。アベックの規則
この正負の原子価の概念は普通の分子にも適用され、1908年イギリスのフレンドは自由原子価ということばを提案し、水素を基準とし、水素はつねに正の一価とし、それと結合するものは負の自由原子価とした。正の自由原子価は、水素を基準にして得た酸素が負の二価であることから決められる。
このころ、ようやくデンマークのボーアの原子模型が発表され(1913)、ゾンマーフェルトが改良を加えて精密な理論にまとめあげ、化学結合を電子によって説明できることがはっきりしてきた。1916年ドイツのコッセルは、化学結合を静電気的に説明する考え方を発表した。彼はトムソンの考えを明確にし、またアベックの規則も含め、各元素は希ガス元素を中心として周期表上の位置に対応した正負の原子価で結合し、このような化合物はすべて異極性化合物であるとした。この考えは静電原子価の概念を明確にしたが、二元説である限り等極結合(共有結合)の説明をすることができなかった。
〔電子的原子価理論と八隅子理論〕 コッセルの原子価理論が発表されたと同じ年の1916年、アメリカのルイスは、初めて等極結合を説明する電子的原子価理論を発表した。彼は、原子やイオンだけではなく、分子内でも同じように各原子は希ガス元素の原子の電子構造が安定であると考え、原子間の結合は、原子の最外側にある電子が原子間に共有され、希ガスと同じ電子構造になるために生じるとした。電子を点で表すと、水素は一電子をもっているので、H.+.H=H:H のように、1対の電子を共有すると、希ガスのヘリウムと同じ電子構造になるし、炭素は最外側に4個、塩素は最外側に7個の電子をもっているので、[$00043534000401→図A$]の(1)のように電子対を共有して結合し、いずれも最外殻に8個の電子を含んだ希ガス原子と同じ電子配置(CはNe、ClはArと同じ)となって安定な分子をつくるとした。このときの共有された電子2個を表す点二つは構造式で示される棒一つに相当し、(2)のようになる。この考えは、これまで困難であった等極結合の説明を解決しており広く受け入れられたが、1919年アメリカのラングミュアは、さらに拡張して八隅子理論octet theoryを発表した。最外殻の電子、すなわち原子価電子の数は各元素によって異なるが、希ガスのような8個がもっとも安定である。彼は、この八電子が立方体の八つの隅にあると考え、このような構造を八隅子と名づけた。希ガス以外の元素は、周期表の族番号と同じ数の原子価電子があって、いずれも同じように立方体の隅を中心として振動している。しかし八隅子を完成するほうが安定になるので、不足している原子は集まって立方体の面あるいは稜{りょう}を共有することによって化学結合を生ずる。たとえばルイスの電子を点で表した式と対応させると[$00043534000501→図B$]のようである。したがって八隅子のできていない原子は、ほかの八隅子の未完成な原子一つないし四つと、一つないし四つの電子対を共有して安定な分子となり、できた分子内の電子数が奇数なら不安定、偶数とくに八隅子を完成すると安定になる、とした。この考えは化学結合を理解するのにきわめて便利で、ルイスの点電子式とともに広く用いられ、ルイス‐ラングミュアの八隅子として普及した。しかし8という数にこだわっているため、四つ以上の結合のあるもの(たとえばSF[▼6]など)についてはまったく説明できなかった。
〔古典的原子価説の完成〕 このようにコッセルの静電結合(イオン結合)とルイスの共有結合によって原子価理論は大きな発展をみたが、両者をもってしても解決のつかない化合物が多くあった。それは硝酸やアンモニウム塩、あるいはいわゆる配位化合物で、これらは、1927年イギリスのシジウィックによって新しく配位結合という結合形式が導入され、初めて解決した。たとえばルイスの方法で構造式を考えると、塩化アンモニウムNH[▼4]Clおよび硝酸HNO[▼3]は、[$00043534000601→図C$]の(1)のようにNを五価とするよりほかはなく、矛盾をきたしてしまう(Nの原子価電子の入る軌道はs軌道一つ、p軌道三つの計四つであるから四つより多くの結合はつくらない)。これに対しシジウィックは、(2)のように説明した。(a)でわかるようにアンモニア分子では、NとHの間に共有されない電子対が一つあり(これを非共有電子対という)、この非共有電子対は、原子価殻に電子対がないか不足しているイオンまたは原子と結合することができるので、たとえばH[▲+]とは(b)のようになる。このとき非共有電子対がH[▲+]に供与されて結合がつくられる。このような結合をシジウィックは配位結合といい、非共有電子対を供与するほうを供与体、電子対を受容するほうを受容体とよび、矢印をつけて、たとえば、(c)のように表した。そしてNH[▼4]ClはNH[▼4][▲+]とCl[▲-]のイオン結合と考えるのである。同じくHNO[▼3]では、(d)と示すことができる。この考え方は、各種の錯化合物についても解決することとなったので、広く受け入れられることになった。
配位結合は、供与体D:が受容体Aに、
【図】
のような結合をつくるが、これを二段階に分け、
【図】
のように考えると((1)で電子を1個D:からAに与え、(2)で結合する)、イオン結合と共有結合が一つずつあるものと考えることができる。その意味でこれをイギリスのロウリーThomas Martin Lowry(1874―1936)は半極性二重結合とよんだ。
〔近代的な概念〕 以上のように化学結合についての古典原子価論はほとんど完成したが、その本質に迫るには、1926年に誕生した波動力学の力を待たねばならなかった。それ以後現在に至るまで、イオン結合、共有結合、配位結合などについての理論的研究は進み、通常の化合物にみられる化学結合は、イオン結合性と共有結合性の混じったもので、そのいずれかの要素の強いものをイオン結合とか共有結合とよんでいるにすぎず、極端にいえば100%イオン結合性、あるいは100%共有結合性とよばれるものは少ないことなどもわかってきている。また配位結合といっても形式的にそういえるだけであって、本質的には通常の結合となんら区別されるものではない。

【化学結合の種類】

化学結合の概念のうち、もっとも重要なものは、イオン結合と共有結合である。
〔イオン結合〕 陽イオンと陰イオンとの間の静電引力に基づいてそれらのイオン間に生ずる結合をいう。典型的な例としては、塩化ナトリウムNaCl、フッ化カルシウムCaF[▼2]などのような、陽性の強い金属と陰性の強い非金属との間にできる無機塩類にみられる。これらの化合物の結晶固体ではNa原子から電子1個が失われた陽イオンNa[▲+]あるいはCa原子から電子2個が失われた陽イオンCa[▲2+]と、ClあるいはF原子に1個の電子が付加した陰イオンCl[▲-]あるいはF[▲-]とが存在している。そして一つの陽イオンの周りにはいくつかの陰イオンが静電引力によって取り巻き、また陰イオンの一つ一つが静電引力によって陽イオンに取り巻かれるという形で三次元的に連なり、全体で電荷が中和されたものとなるのであって、独立したNaClやCaF[▼2]のような分子としては存在しない(固体ではこのように存在が認められないが、気体ではたとえばNaCl分子が認められる)。このような固体は多く結晶をつくり、イオン結晶とよばれる。イオン結晶
NaClの結晶は、X線構造解析によってその構造が明らかにされているが、Na[▲+]の周りに等距離に六つのCl[▲-]が取り巻き、正八面体をつくっており、そのCl[▲-]の周りに六つのNa[▲+]が取り巻いて正八面体をつくり、それが三次元的に連なって立方晶をつくることになる。塩化ナトリウム型構造
〔格子エネルギー〕 NaClの結晶を、完全に遊離したNa[▲+]イオンおよびCl[▲-]イオンのみにするためには、きわめて大きなエネルギーが必要である。すなわち1413℃に熱して初めて気体となり、さらに熱して遊離イオンへの解離がみられるわけである。このことを逆にいえば、多くの遊離の陽イオンNa[▲+]と陰イオンCl[▲-]とが静電引力によって集まって塩化ナトリウムの結晶をつくるときには、大きなエネルギーを放出することになる。遊離している粒子が集まって結晶をつくるときに放出するエネルギーを格子エネルギーというが、イオン結晶では、静電引力によってエネルギーの安定化を生じ、それが格子エネルギーとなっているのである。すなわちこのイオン結晶の格子エネルギーがイオン結合のエネルギーといえることになる。NaClでは陽イオンと陰イオンとの相互作用は、一つのNa[▲+]を中心にして考えると、もっとも近いCl[▲-]は距離r(この場合は2.81Å)のところに六つがある。したがって、それらとの相互作用のエネルギーは、一価イオンであることから、電荷をeで表せば-6e[▲2]/rである。次に近い距離にあるイオンのNa[▲+]では距離?rのところに12個あって、しかも同符号で反発であるから、12e[▲2]/?rとなる。以下順次同じようにして各イオン間の相互作用のエネルギーが求められ、全体のエネルギーEは、
E=(-e[▲2]/r)(6-12/?+8/?-6/2+…)
となる。( )の中の数列は一定の値に収斂{しゅうれん}し、この場合は1.747558……となる。この値は、NaClと同じ構造をもつものならばすべて同じ値をとり、その構造に応じて決まる値で、一般にマーデルング定数といっている。したがって格子エネルギーのイオン間の引力部分U[▼a]は、マーデルング定数をAで表せば、
U[▼a]=-Ae[▲2]/r
となる。しかし各イオンが接近してくると、各イオンの最外側には電子が存在することから、陽イオンと陰イオンとの間であっても反発力を生じる。これは
U[▼r]=Be[▲2]/r[▲n]
で表される。Bはその化合物に特有な定数で反発係数といい、nはその原子の電子配置によって決まる定数である。したがって格子エネルギーUは
U=U[▼a]+U[▼r]=-Ae[▲2]/r+Be[▲2]/r[▲n]
となる。これを実際の結晶でみられるrの値に当てはめて整理をし、Bを消去し、アボガドロ定数を掛けると、1モル当りの物質についての格子エネルギーU[▼0]は、
U[▼0]=-(NAe[▲2]/r)(n-1)/n
という式で表される。これを実際にNaClについて計算してみるとU[▼0]=182kcal/molである。このように遊離イオンが集まって結晶をつくると、きわめて大きなエネルギーを放出して安定化する。
これに対し、実際に室温でナトリウムと塩素を混ぜると反応して大きなエネルギーを発生し(生成熱?H[▼0]=-96kcal/mol)、NaCl結晶をつくる。そのサイクルをボルン‐ハーバーのサイクルという。
〔共有結合〕 二つの原子が互いに電子を出し合って電子対を形成し、それを共有することによって生ずる結合をいう。一般に結合に関与している電子を点で表してH:H、Cl:Clなどのように書き、また二重結合、三重結合ではO::O、N:::Nのように表すが、さらに電子対一つを1本の線で表し、H-H、Cl-Cl、O=O、N≡Nのようにも書く。共有結合についての理論的な扱いには、主として原子価結合理論と分子軌道関数理論との二つがあるが、それらに先だってその概念を明らかにしたのは、ドイツのハイトラーとロンドンである。
〔原子価結合理論〕 二つの原子、たとえば二つの水素原子が無限に離れているとき、その系の全エネルギーをE[▼0]とし、それらが接近してきたとき、E[▼0]がどのように変化するかを調べてみる。量子力学では、その系を表すのに波動関数を用いるが、二つの水素原子とそれぞれに属する電子に番号をつけ、Aの水素原子に1という電子が、Bという水素原子に2という電子が属しているとすると、そのときこの系の波動関数ψ[▼1]は、
ψ[▼1]=ψ[▼A](1)ψ[▼B](2)
で表される。二つの水素原子の原子核間の距離が変わるときのエネルギーの変化を計算してみると次のことがわかる。つまりAという水素原子に1という電子が属し、Bという水素原子に2という電子が属したまま接近してくると、距離1.7a[▼0]のところで、約0.25eVだけ安定化した極小を生ずることになる。しかし実際に測定したポテンシャルエネルギー曲線とはほど遠い。そこでこの考え方に改良を加えてみる。一つの系内で任意の一つの電子を特定することはできないのであるから、1の電子がBに、2の電子がAに属することもできると考えて、
ψ[▼2]=ψ[▼A](2)ψ[▼B](1)
のような波動関数も対等に用いなければならない。すなわち、
ψ[▼cov]=ψ[▼1]+ψ[▼2]
=ψ[▼A](1)ψ[▼B](2)
+ψ[▼A](2)ψ[▼B](1)
という波動関数を近似として用いる。この関数を用いて計算すると、著しく改良される。このことは、遠く離れた二つの水素原子では、一方の電子は他の電子に影響を及ぼさないが、接近してくると互いに作用して二つの原子の間のどちらにも属することができ、エネルギー的に安定になるということを示している。これが共有結合(電子対結合)の本質的な部分と考えられる。電子の相互作用を原子核の電荷の効き方すなわち有効核電荷を考慮して計算するとさらに改良される。ここまでの考え方は、それぞれの電子がそれぞれの原子に属する場合であるが、二つの電子が一方の原子に同時に属してしまう場合も考えてみる。たとえばH[▲+](A)と:H[▲-](B)のようにイオンになってしまう場合である。このような状態を表す波動関数は、ψ[▼A](1)ψ[▼A](2)とψ[▼B](1)ψ[▼B](2)で、またψ[▼A]とψ[▼B]とが形では同じであるからそのどちらか一つだけをとる理由はない。したがって、
ψ[▼ion]=ψ[▼A](1)ψ[▼A](2)
+ψ[▼B](1)ψ[▼B](2)
という波動関数も必要である。先のψ[▼cov]といっしょにして係数をつけると、必要な波動関数は、
ψ=(1-2λ+2λ[▲2])[▲-1/2]
[(1-λ)ψ[▼cov]+λψ[▼ion]]
となる。これを計算すると、極小値では4.10eVだけ安定化し、実測の4.72eVときわめて近くなる。このときの安定化エネルギーを結合エネルギーという。二原子が集まって結合をつくるとき、もっとも本質的な部分は、結合に用いられる二つの電子の波動関数をψ[▼cov]としたということで、この過程を「電子を対にする」といい、この方法を原子価結合法あるいは電子対法という。またψ[▼cov]だけを考えても大部分の安定化が得られるから、水素分子内での結合は共有結合(電子対結合)が主であるといえるが、λの値は約0.2で、ψ[▼ion]の部分すなわちイオン結合もかなり含まれていることになる。
電子対をつくるということは、量子力学の原理から、二つの電子のスピン運動が逆方向でなければならず、このような場合スピン対をつくるというが、実際にはスピン対をつくるときにだけ電子対結合が生ずる。スピンが同じ方向のときには二つの水素原子が対をつくらないままで、安定化はおこらない。
〔共有結合の方向性――σ結合とπ結合〕 このような考え方を拡張して共有結合の方向性を説明したのはアメリカのポーリングとスレーターで、この原子価結合理論による方法を、それらの人々の名前の頭文字をとって、HLSP法などともいっている。HLSP法では、二つの原子で、それぞれの原子の原子価電子軌道が重なり合い、その重なり合った軌道に電子対が入っているとき、共有結合を生ずると考える。すなわち、水素分子では二つの水素原子のs軌道が重なり合って、その中に一つの電子対が入り、結合をつくる。また第二周期の炭素C、窒素N、酸素O、フッ素Fなどでは、主量子数n=2であるから、s軌道一つ、p軌道三つがあり、原子価軌道は四つある。結合に使われる軌道のこれら四つはほぼ等分に寄与するので、原子核を中心として正四面体の四つの方向に延びる四つの軌道になる。これを混成軌道といい、この場合s軌道一つ、p軌道三つからできるのでsp[▲3]混成と表す。
結合する相手の原子の方向を向いている軌道をσ{シグマ}軌道といい、σ軌道どうしの重なりによって生ずる結合をσ結合という。σ結合一つだけの結合を一重結合あるいは単結合という。
結合する相手の原子数が不足のときは不飽和結合を生ずる。たとえばエチレンC[▼2]H[▼4]では二つの炭素原子の軌道はsp[▲2]混成をしている。そのため四つの水素原子とはσ結合をしており、残りの一つのp軌道は、C-Cの結合方向に対して直角にあり、これらの間にπ{パイ}結合をつくっている。このようにσ結合一つとπ結合一つの結合を二重結合という。同じくアセチレンC[▼2]H[▼2]ではsp混成によるσ結合と二つのπ結合によるものと説明される。このような結合を三重結合という。
第二周期以降の元素では、s軌道、p軌道のほかにd軌道があるので、四つ以上の結合ができることになる。
〔分子軌道関数理論〕 原子価結合理論では、各原子に属する軌道が重なり合って原子が結合し、分子をつくる。これに対して、それらの理論の不備から取り扱えないとき、もっとうまく取り扱う方法として、ドイツのフントとアメリカのマリケンらが発展させた方法が分子軌道関数理論で、HMH法ともいわれる。すなわち、一つ一つの分子に対しても、原子と同じ取扱いができるものと考え、分子内の各電子を波動関数ψで表し、それらは原子のときと同じようないくつかの量子数で規定され、それらの量子数が軌道のエネルギーや形を支配すると考える。このとき、多くの電子が存在する原子では、波動方程式を完全に解くのは困難で、原子核が多くある多原子分子では困難が増してくる。そのためLCAO近似という方法がとられる。たとえば二原子分子では、一方の核の近くで電子は主としてその核の影響下に置かれており、その波動関数はその原子の原子軌道で近似できるとして、それら二つの原子の軌道の波動関数にそれぞれ適当な係数をつけて和をとったものが、それらの分子軌道であるとする。もちろん多原子分子についても同じ方法がとられるが、これにより化学結合に関与する原子価電子のエネルギー状態を計算できる。
〔配位結合〕 一つの原子を中心とし、その原子について方向性をもった結合を考えたとき、結合に関与する電子が形式的に一方の原子からだけ提供されている場合をいう。たとえば[Co(NH[▼3])[▼6]][▲3+]では、Co[▲3+]の周りに六つのNH[▼3]が正八面体の六つの頂点の位置を占め、六つのNとCo[▲3+]との間は共有結合で結ばれている。この共有結合に関与している電子は、形式的にいえば、アンモニア分子の非共有電子対であると考えることができる。AおよびBの二原子間の配位結合は、電子を提供する原子のほうから矢印で示し、A→Bと表すこともある。
このように配位結合とは、表面的には形式に従って分類され、命名されたもので、本質的な意味でこのような特別な結合があるものではない。多くの錯体について、その結合状態を理論的に取り扱うのにはやはり量子力学的な考え方が必要である。そのうち、純粋に静電的な立場からの取扱いには結晶場理論がある。この考え方では、錯体中の中心金属イオンに対し、周りを取り巻く配位子をすべて負の点電荷で表せると仮定し、負の点電荷が、中心金属イオンの原子価電子にどのような影響を与えるかを計算する。その結果は、純粋に静電的な結合と考えるのには矛盾があり、実際の化合物中では、かなりの共有性を認めなければならない。したがって純粋に静電的な立場の結晶場理論を修正し、共有性を取り入れることになり、その立場を配位子場理論という。また純然たる分子軌道関数理論によっても取り扱うことができ、実際ともよく一致する。したがって配位結合といっても、特別なものではなく、普通にみられる化学結合の一つで、共有結合性とイオン結合性とを含んだものということができる。
〔金属結合〕 金属を形づくる原子間の結合をいう。金属内部のそれぞれの原子に属する原子価電子は、隣り合った特定の原子の電子と相互作用をもつことなく、結晶内を自由に運動するいわゆる自由電子となっているとみなされる。したがって、金属とは一様な密度の電子の海の中に、原子価電子を失ったその金属原子のイオンが浮かんでいるようなもので、これらの自由電子とイオンとの間の静電的な力が、全体を結合させる引力となる。これが金属結合の主要な力となるものと考えられ、このことから、金属結合は方向性をもたず、いわゆる原子価も考えにくい。しいていえば、すべて非局在化した共有性原子価結合といえる。金属結合の量子力学的な考え方としては、分子軌道関数法の立場から、ウィグナーEugene Paul Wiegner(1902―95)、ザイツFrederick Seitz(1911― )、スレーターJohn Clarke Slater(1900―76)らによって説明され、またハイトラー‐ロンドンの理論の立場からは、金属原子間の共有結合に相当する多くの結合構成の共鳴によって説明されている。 <中原勝儼>

【本】クールソン著、関集三・千原秀昭・鈴木啓介他訳『クールソン化学結合論』上下(1983・岩波書店) ▽ポーリング著、小泉正夫訳『化学結合論入門』(1978・共立出版) ▽シェリンスキー著、大竹三郎訳『化学結合とはなにか』(1970・東京図書)

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