劇団民芸
(げきだんみんげい)
劇団名。1947年(昭和22)に滝沢修{おさむ}、宇野重吉、岡倉士朗、北林谷栄{たにえ}らによって結成された民衆芸術劇場は49年7月に解散したが、その略称を受け継いで再建的に50年4月に結成された。結成当時はレッド・パージの嵐{あらし}が吹き荒れていたため東京で劇場が借りられず、チェーホフの『かもめ』による旗揚げ公演は西宮{にしのみや}や京都で行われただけだった。翌年から東京公演も可能になり、同年の三好{みよし}十郎作・岡倉士朗演出『炎の人』が大きな成果をあげて劇団活動が軌道にのり、54年のアーサー・ミラー作・菅原卓{すがわらたかし}演出・滝沢修主演の『セールスマンの死』によって新劇団としての地位を不動のものにした。リアリズムに基づく芝居づくりが基調で、61年には久保栄作・村山知義{ともよし}演出の『火山灰地』の完全上演のように数々の成果をあげ、職場演劇出身の堀田清美、原源一、大橋喜一らの劇作家を育てた。71年に大量退団者を出したのちはその活動にやや陰りがみられる。 <大笹吉雄>
