創価学会

(そうかがっかい)
法華{ほっけ}系の在家仏教団体。教育者・教育学者であった牧口常三郎{まきぐちつねさぶろう}(1871―1944)が、同じく教育者であった戸田城聖{とだじょうせい}(1900―58)とともに1930年(昭和5)11月に設立した「創価教育学会」に始まる。日蓮{にちれん}を末法の本仏と仰ぎ、1279年(弘安2)図顕の「戒壇大本尊」(曼荼羅{まんだら})信仰と、南無妙法蓮華経{なむみょうほうれんげきょう}の唱題行を基本的信仰実践とし、日蓮仏教の宣布と「法華経」思想の宣揚、さらに仏教思想に基づく平和的社会の実現などを目ざしている。

【沿革】
「創価教育学会」は、当初、牧口教育理論に基づく教育改革運動団体であったが、教育による社会改革の根底には日蓮の教説に基づく宗教革命が必要であるとの主張をしだいに強く掲げるようになり、1937年(昭和12)正式に発会式をあげたあとは布教活動が中心となった。東京、横浜、北九州地域などで会員約3000人に発展したが、当時の「宗教統制策」に反対し、宗門合同や伊勢{いせ}神宮神札拝受を拒絶したため弾圧され、43年7月治安維持法違反と不敬罪容疑で牧口、戸田ら幹部21名が検挙され、牧口は獄死した。
1946年(昭和21)戸田は同会を「創価学会」の名で再建、5年後に第2代会長に就任し、活発な布教活動を開始した。彼は獄中での宗教体験をもとに「生命論」を説き、人生の究極目的は信仰による生命の変革、すなわち「人間革命」であると主張し、その実践として本尊への唱題と折伏{しゃくぶく}行(他宗破折)を強調した。この折伏活動と、第二次世界大戦後の都市化時代に教線を支えるのに有効なタテ線組織、さらに青年部の強化などの要因によって、戸田が没した1958年には会員世帯80万に達した。
他方、日蓮の思想には末法の日本における仏国土の建設、立正安国{りっしょうあんこく}という社会統合へのビジョンがみられるが、牧口が価値論で主張した「大善生活」という理念は、「社会的公共善の実現」を意味し、日蓮の社会的理念の展開でもあった。それを受けて戸田は「王仏冥合{おうぶつみょうごう}論」を説き、仏教の慈悲の精神に基づく理想政治の実現を目ざすべきと主張した。また、その理想政治の実現には国民全体に正しい宗教的精神文化が確立されることが必要と考え、その確立を示すのが、日蓮の遺志であった本門戒壇を国民の総意によって建立することと考えて、参議院での議決による戒壇建立、いわゆる国立戒壇の建立を主張した。しかしそれは、参議院こそが国民全体の意志の反映の場であるという、当時の国民一般の期待感と結びついた素朴な発想であり、後に撤回された。
1955年(昭和30)には公明選挙・政界浄化をスローガンに地方議会に、翌年は参議院に進出した。政界進出は、60年に戸田の後を継いだ池田大作(1928― )第3代会長の時代に本格化した。1964年宗教政党公明党を結成、3年後には25名を衆議院に送り、その後野党第二党に発展した。しかし、政治への積極的参加は、政教分離制度下での宗教と政治のあり方をめぐって既存の諸勢力からの反発を受け、1970年、おりから発生した学会批判書の出版阻害事件をきっかけに「言論問題」が発生した。それを機に学会と党との組織的・機能的分化がなされ、公明党は国民政党へと方向転換するとともに、学会の社会的活動は教育、文化、平和運動に重点が置かれるようになった。戒壇建立も民衆立が本意であることが明確にされ、1972年静岡県富士宮{ふじのみや}市の日蓮正宗{しょうしゅう}総本山大石{たいせき}寺に正本堂として完成した(宗門との対立を経て1999年解体)。
公明党は1993年(平成5)の第40回衆議院選挙で51議席を確保し、参議院でも24議席をもつなど、多党化時代に入って有力な位置を占めるようになった。同93年には戦後38年間におよぶ自民党政権が崩壊し、非自民連立政権が誕生したが、公明党は4人の閣僚を送り、政権の一翼を担うこととなった。宗教団体を主たる支持母体とした政党が政権に参加したのは、日本史上、初のできごとであった。
会長池田大作時代には、教勢が大きくのび、1970年(昭和45)には会員世帯が750万に達した。教団基本組織も整備され、男子部、学生部、高等部、中等部、少年部などの年齢別育成組織や教育・芸術・学術の文化局各部を結成したり、地域ごとのブロック組織などがつくられていった。さらに教育・文化面での各種外郭団体も創設された。海外布教も進展し、75年には国際組織「創価学会インターナショナル」が結成され、会員は120か国、約126万人に達した(1992)。

【日蓮正宗との関係】
創価学会は、牧口が、日蓮系教団のなかで弱小ではあったが、本仏論など独特の教義をもつ日蓮正宗を通して日蓮や法華経に出会い、その信徒として活動を始めたこともあって、日蓮正宗の信徒集団として自他ともに認められてきた。伝統教団と新宗教としての性格を有する巨大な信徒集団の結合は、教団の形態としてもきわめて珍しく、類型的に「共棲{きょうせい}」または「共生」型教団としてとらえられてきた。しかし、僧侶中心主義の性格を有する日蓮正宗と、信徒活動中心の創価学会との間には、避けがたい緊張と対立が何度か生まれた。第二次世界大戦中、伊勢神宮神札拝受を牧口は拒絶したが、日蓮正宗は受け入れたことをはじめとし、神本仏迹論を説いて第二次世界大戦中に軍部に協力した僧、小笠原慈聞の糾弾事件(1952年)、正本堂(1972年)をめぐる教義解釈の確執などが、これまでも起こっていた。1990年(平成2)、戒壇本尊への参拝料を値上げしようとした正宗の要求に端を発した対立は、日蓮正宗による創価学会の破門という事態に発展した。創価学会は、これを宗門の監督・統制から離れて、本来の運動を展開する機会としてとらえ、信徒のみによる葬儀「友人葬」を実施し、学会制定の本尊を授与するなど、各種儀礼において、僧侶に依存しない体制を整え、在家主義仏教教団としての性格を強めている。

【現況】
国内会員世帯数800万(公称・1992)。信者数1705万4753人(『宗教年鑑』1985)。本部を東京都新宿区信濃{しなの}町に置き、機関紙・誌『聖教新聞』(日刊)、『大白蓮華{だいびゃくれんげ}』(月刊)その他を発行。外郭団体に創価学園、創価大学(以上学校法人)、民主音楽協会、富士美術館、東洋哲学研究所(以上財団法人)がある。また学会系の出版社に潮{うしお}出版社、第三文明社などがある。公明党 創価大学 戸田城聖 牧口常三郎 <中野 毅>

【本】東京大学法華経研究会編『創価学会の理念と実践』(1975・第三文明社) ▽J・W・ホワイト著、宗教社会学研究会訳『ホワイト調査班 創価学会レポート』(1971・雄演社) ▽池田大作著『人間革命』全10巻(1965~78・聖教新聞社) ▽同著『新・人間革命』(1998~ ・聖教新聞社) ▽B・R・ウィルソン著『タイム・トゥ・チャント――イギリス創価学会の社会学的考察』(1997・紀伊國屋書店)
【URL】[SOKA GAKKAI JAPAN] http://www.sokagakkai.or.jp/html4/index.html

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