おこぜ組

(おこぜぐみ)
1843年(天保14)第13代土佐藩主となった山内豊煕{とよてる}が、ただちに着手した藩政改革で登用したグループ。その人材群の中心は下級武士馬淵嘉平{まぶちかへい}で、党与は50名にも及び、大勢力となった。土佐には「おこぜ」という貝の一種を懐中していれば猟漁に恵まれるという迷信があり、馬淵一派の登用をねたむ者は彼らをおこぜ組とよんだ。嘉平らは財政緊縮・商業抑制による藩体制の立て直しを目ざしていたが、上層守旧派の反対は強く、嘉平らを禁制の心学修法を行っていると訴えた。嘉平らはそれを否認したが、暮夜ひそかに行っていた会合への疑惑を解くことができず、11月嘉平は投獄、党与十余名も処分されて、改革は挫折{ざせつ}した。 <関田英里>

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